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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)816号 判決 1968年3月30日

原告

馬場せつ子

右訴訟代理人

杉本昌純

被告

小太郎漢方製薬株式会社

被告

戸田行雄

被告両名訴訟代理人

金綱正己

主文

被告らは原告に対し各自金六八万四四四八円及びこれらに対する昭和四二年二月七日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。

第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  双方の申立

一  原告

被告らは原告に対し各自金一一六万九六五八円及びこれに対する昭和四二年二月七日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

右判決ならびに仮執行の宣言を求める。

二  被告ら

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二  双方の主張

一  原告の請求原因

(一)  (本件事故の発生)

原告はキャバレー「アスター・ハウス」のホステスであるが昭和四一年六月二日午後一一時三〇分頃自己の勤務する右キヤバレーから帰途につく際、同日午後七時四〇分頃から同店の客として来ていた被告戸田行雄と訴外加藤和雄の両名から車で送つてやる旨誘われ、被告戸田運転の普通貨物自動車(トヨペット六五年品川西ふ七七九四号。以下加害自動車という。)に同僚ホステスの訴外本田和子、同渡部美子と共に同乗したところ、被告戸田は同車を運転して銀座から高速道路に入り羽田方面に向けて進行中翌三日午前零時五分頃東京都品川区天王洲町無番地先の同道路中央ガード・レールに衝突して右に横転し、そのまま二〇メートルないし三〇メートル滑つて左防護壁に激突し、よつて原告は右腕から指先にかけての部位に傷害を受けた。

原告は、右受傷の結果救急車で最寄の荒川医院で治療を受け一応同僚の右渡辺方で休息したが、激痛のため同日午前九時虎の門病院で治療を受けた。更に同月六日岩平整形外科医院で治療を受けたが思わしくなく右岩平医師の指示に従つて新潟大学医学部田島医師の診断を受けることとなつた。ところが被告戸田との右治療費旅費の折衝や当時の豪雨による列車の遅発等のため漸く同月八日右大学附属病院で渡辺医師の診断を受けるに至つた。その結果「化膿せる右上腕前腕兼第二、三指挫傷」のため手術を要する状態にあつたので翌九日入院し、同月一三日植皮手術し同月二五日から指の屈伸運動開始、同月二九日肉芽創残存のまま退院し更に右病院の指示に従つて栃尾郷病院整形外科に通院した。そして、昭和四一年七月二五日の時点では「右肘関節部肉芽創軽度残存、右肘関節、右第二指に運動障害あり、後遺症の有無は今後数ケ月通院し治療経過観察のうえでないと不明」の治癒状況にある。

(二)  (被告戸田の過失)

本件事故は、被告戸田が加害自動車を運転し前記事故現場の左カーブに差しかかつた際、当然減速すべきであるのに時速八〇キロメートルから一〇〇キロメートルの速度のままで左折しようとした過失により発生したものであるから被告戸田は原告に対して民法七〇九条により賠償責任を負う。

(三)  (被告小太郎漢方製薬株式会社の地位)

被告会社は本件事故当時加害自動車を所有し、よつて自己のため運行の用に供していたものであるから原告に対し自動車損害賠償保障法三条による賠償責任を負う。

(四)  損害

(1) 入院、治療費等

① 岩手整形外科医院 金二、三五〇円

② 新潟大学医学部付属病院 金三万九、四四九円

③ 栃尾郷病院 金二、三六五円

(2) 入院通院に要した交通費、諸雑費

① 新潟大学医学部附属病院関係

(イ) 入院に必要な交通費及び宿泊費 金七、八八四円

(ロ) 入院雑費 金一万一、一〇二円

(ハ) 通院に要した交通費 金二、三二〇円

合計 金二万一、三〇六円

② 栃尾郷病院への通院交通費 金二、八〇〇円

(3) 示談折衝のための交通費 金七、八三〇円

(4) 診断書等費用金三、〇〇〇円

(5) 弁護士費用 金三万五、〇〇〇円

(6) 再整形手術のためなした診断料 金二、三〇〇円

(7) 原告の得べかりし利益の喪失

原告は本件事故当時キャバレー「アスター・ハウス」にホステスとして働き、事故直前三ケ月(昭和四一年三月から同年五月まで)に得た収入は合計金二四万五、四〇〇円で源泉徴収税額が金二万一、四七〇円であつたから、その一ケ月平均の所得は金七万、四、六四三円となり、そのうちからキャバレー・ホステスとしての必要経費として所得の三分の一を減額すると純利益がでるが、その額は金四万九、七六二円となる。

したがつて、原告は昭和四一年六月から同年一〇月まで五ケ月間本件事故により就業できなかつたから合計金二四万八、八一〇円の得べかりし利益を喪失した。

(8) 再手術に要する費用 金二五万円

(9) 慰籍料

本件事故によつて原告の蒙つた肉体的苦痛は勿論、独身女性である原告にとつて再び整形手術をしても醜い傷を完治することは望めない事情にあるから、それから受ける精神的苦痛は極めて大きい。したがつて、原告の慰籍料として金一〇〇万円が相当である。

(五)  (弁済と受領)

原告は被告戸田から昭和四一年六月七日金三万円、同年六月二二日金三万円、同年六月二七日金五万円の合計金一一万円の支払を受け、更に、自動車損害賠償責任保険金三三万五、五五二円の支払を受けた。

(六)  (結論)

被告戸田および被告会社は原告に対し、各自前記(四)の金一六一万五、二一〇円から前記(五)の金四四万五五五二円を差引いた残額金一一六万九六五八円及びこれらに対する本訴状送達の翌日である昭和四二年二月七日以降右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告らの答弁

(一)  請求原因記載の事実中、原告がキャバレー「アスターハウス」のホステスであること、原告がその主張の日時に加害自動車に被告戸田及び訴外加藤と共に乗車したこと(但しその乗車した経緯は否認する)、同車がその主張順路を進行しその主張の日時場所でガードレールに衝突横転し左防護壁に接触したこと、そのため受傷した原告が荒川病院で治療を受けたことは認めるがその余の事実は不知。

(二)  同(二)記載の事実は否認する。

(三)  同(三)記載の事実は認める。

(四)  同(四)の事実中(1)の①の事実は認めるがその余は争う。

(五)  同(五)の事実は認める。

三  被告らの抗弁

(一)  (被告会社の無断運転の抗弁)

被告戸田は被告会社の被傭者ではあるが職務上もまた事実上も加害自動車を運転すべきものではないし、しかも本件事故の時間には加害自動車は当然車庫に格納され被告会社においてはその持出運転を禁止していたものである。また、原告は右事情を知悉したうえ被告戸田に対し「大森方面に食事に連れて行つて欲しい」とせがんで加害自動車に同乗したものである。

したがつて、被告戸田の加害自動車の運転行為は、被告会社のため運行ということではないから、被告会社に本件賠償責任を負わすことはできない。

(二)  (被告らの過失相殺の抗弁)

原告は、被告戸田が酩酊しているのを知りながら加害自動車に同乗したものであり、しかも、当時被告戸田は無免許者であつたから原告としては同乗に際し被告戸田にこれを確かめ同乗を避けるべきであるのにこれを怠つたため本件事故にあつたもので原告の過失を否定することはできない。したがつて被告らは原告の本件の請求につき過失相殺を主張する。

第三  証拠 <省略>

理由

一(本件事故の発生)

原告主張の日時に原告に同乗していた被告戸田運転の加害自動車が、その主張の場所のガード・レールに衝突して横転しそのまま二〇メートルないし三〇メートル滑走して同高速道路の左防護壁に激突したことおよび右事故により受傷した原告が荒川病院で治療を受けたことは当事者間に争いがない。

二(被告戸田の過失)

<証拠>によると、本件事故の原因は、被告戸田が飲酒し加害自動車を運転し前記事故現場の左カーブに差しかかつた際当然減速すべきであるのに酒勢にかられて時速八〇キロメートルから一〇〇キロメートルの速度のままで左折しようとした過失により進路左方の道路側壁に接触の危険が生じ急拠転把しこれを避けようとし却つて操作の自由を失つて前記ガード・レールに激突したものであることを認めることができる。

三(被告会社の責任)

加害自動車が被告会社の所有に属することは当事者間に争いがない。したがつて、被告会社主張の抗弁につき考える。

被告戸田が加害自動車を被告会社に無断で運転していたことは原告において明らかに争わなないから自白したと看做し得る。

しかしながら加害自動車を運転していた被告戸田が被告会社の従業員であることは当事者間に争いなく、しかも<証拠>によると、被告戸田は、加自動車を運転するにつき被告会社の従業員にして被告会社から右自動車の運転及び保管を委せられている訴外加藤和雄の承認を受けたうえでしかも右加藤を右車の後部座席に同乗させたうえで運転していたこと、被告会社は右加藤に対し建前としては加害自動車を私用に使用することを禁止してはいたが、右車の保管を加藤の自宅車庫においてなすことを認めている関係上事実上右加藤において自由に私用しうる状況にあり、これを防止するための具体的監督は何らなされていなかつたこと認めることができ他に右認定を覆する足りる証拠はない。

右事実によると、被告戸田の加害自動車の運転は、被告会社にとつては無断私用としてなされたものではあるが、未だ加害自動車は被告会社の運行支配下にあると解するのが相当であるから、被告会社は原告に対し自動車損害賠償保障法第三条に基く賠償責任を負う。また仮に原告が右事情を知悉し加害自動車に同乗したからといつて右賠償責任を否定する理由はなく、過失相殺の事由として考慮すれば充分であるから次に検討する。

四(過失相殺)

<証拠>によると、原告はキャバレー「アスター・ハウス」のホステスであるが(この点は当事者間に争いがない)被告戸田と加藤和雄の両名が昭和四一年六月二日午後七時四〇分頃から同店において同僚のホステス本間和子のサービスで飲酒し、午後一一時三〇分頃原告らホステスに対し自宅まで送つてやるからといつて加害自動車への同乗を勧めたこと、原告は被告戸田が飲酒し酒気を帯びているのを知り乍ら誘われるまでに右本間らと共に加害自動車に同乗したこと、被告戸田は同女らが誘に応じたこともあつて気をよくし、無免許ではあるがかつて自動車を運転した経験もあるところから、加藤和雄に頼み同人を加害自動車の後部座席にかわつてもらつて、運転をはじめたこと、そして被告戸田は加害自動車を運転し銀座入口から羽田方面に向う高速道路に入り本件事故現場近くに至る頃から酒勢にかられ急速に時速八〇キロメートルから一〇〇キロメートルに上げ進行しそのまま左折しようとしたため本件事故を惹起したことを認めることができる。

右事実によると、原告は、キャバレー「アスター・ハウス」のホステスとして本来同店で飲酒した客が酒気を帯びたまま自動車を運転しようとするときには極力これを断念させるような手段を講じ飲酒のため発生する交通事故を未然に防止すべき注意義務があるのにかかわらず、同僚のホステスと共に酒気を帯びた被告戸田の誘にのつて加害自動車に同乗し、却つて、被告戸田を増長せしめて飲酒運転に駈らしめ、それが本件事故に影響を与えたものであることが明らかであるから、原告の被告らに対する損害賠償については、ほぼその額の二割を過失相殺として減ずるのが相当である。

五(損害)

(1)  <証拠>によると、原告は本件事故により受傷後荒川医院で手当を受け(この点当事者間に争いがない)次で同日午前中に虎ノ門病院で、更に同月六日岩平整形外科医院で治療を受けたが思わしくなく右医院の指示により新潟大学医学部附属病院で治療をすることとなつたこと、そして同月八日同大学で診断を受けたところ右上腕前腕兼第二、三指挫傷部分が化膿したため手術を要する状態にあり早速翌九日に入院し同月一三日植皮手術したこと、同月二九日に退院し右大学の指示する栃尾郷病院整形外科にて昭和四一年一一月頃まで退院治療を受けたが、現在まだ治癒せず右上肢瘢痕整形手術をしなければならない状態にあることを認めることができる。

そして別表記載の各証拠<省略>及び原告本人尋問の結果によると別表記載とおりの損害を認めることができる。

順位

損害の内容

原告請求金額

認容金額

入院治療費

岩平整形外科医院

新潟大学医学部附属病院

栃尾郷病院

二三五〇円

三万九四四九円

二三六五円

同上

同上

入院通院に要した交通費雑費

新潟大学医学部附属病院の関係

栃尾郷病院関係

二万一三〇六円

二八〇〇円

同上

同上

同上

示談折衝のための交通費

七八三〇円

同上

診断書等費用

三〇〇〇円

同上

弁護士費用

三万五〇〇〇円

同上

右上肢瘢痕整形手術のための診断費用等

二三〇〇円

同上

右再手術に要する費用

二五万円

同上

備考 <証拠判断省略>

⑧ (原告の得べかりし利益の喪失)

<証拠>によると、原告主張のように原告はキャバレーのホステスをしていたが本件事故により昭和四一年六月から同年一〇月まで五ケ月間受傷部位の治療のため就業できず、その間に合計金二四万八八一〇円の得べかりし利益を喪失したことを認めることができる。

⑨ (慰籍料)

前掲各事実及び原告本人尋問の結果によると、原告が本件事故によつて蒙つた精神的苦痛を金銭で補うとすれば金八〇万円が相当である。

(2)  前掲(四)(過失相殺)の事実によると、原告が被告らに対し本件事故による損害賠償としてその支払を求め得る金額は前項の損害からほぼ二割を控除した金一一三万円となる。

六(弁済と受領)

原告がその主張したように被告戸田及び自動車損害賠償責任保険から合計四四万五五五二円の支払を受け右損害賠償請求権の弁済として充当したことは当事者間に争いがない。

七叙上の事実によると、被告戸田は原告に対し民法第七〇九条により、被告会社は原告に対し自賠法第三条により各自原告の蒙つた前記金一一三万円の損害の賠償義務を負うところ右金員から前項記載の弁済のあつた金四四万五五五二円を差引いた残額金六八万四四四八円及びこれらに対し右損害発生後であることの明らかな昭和四二年二月七日以降右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

よつて、原告の本訴請求は右限度において理由があるからこれを認容し、その余の部分を棄却することとし、訴訟費用の負担については民訴法八九条、九二条、仮行の宣言については同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。(山口和男)

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